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東京地方裁判所 昭和62年(行ウ)37号 判決

東京都新宿区四谷四丁目三〇番地二三

ビルド吉田五〇二号

原告

古市滝之助

右訴訟代理人弁護士

横井治夫

東京都新宿区三栄町二四番地

被告(神田税務署長継承人)四谷税務署長

入江勝年

右指定代理人

伊藤正高

石黒邦夫

藤本宣之

郷間弘司

伊藤祐一

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  神田税務署長が昭和五九年六月二〇日付けでした原告の昭和五六年及び昭和五七年分の各所得税に係る更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

一 本件各処分及び不服申立ての経緯

(一)  昭和五六年分所得税について

原告の昭和五六年分所得税について、原告は、別表一の順号1及び2記載のとおり、当時の原告の住所地を所轄する白河税務署長に対し確定申告(以下「五六年分申告」という。)及び更正の請求(以下、五六分件更正の請求」という。)をしたところ、その後原告の住所地の移転に伴い所轄税務署長となつた神田税務署長は、同表の順号3記載のとおり更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「五六年分処分」という。)をした。五六分処分に対し、原告がした異議申立て及び審査請求並びにこれに対する異議決定及び裁決の経緯は、同表の順号4ないし7記載のとおりである。

(二)  昭和五七年分所得税について

原告の昭和五七年分所得税について、原告は、別表二の順号1記載のとおり、当時の原告の住所を所管する白河税務署長に対し確定申告(以下「五七年分申告」といい、五六年分申告と併せて「本件各申告」という。)をし、これに対する同税務署長の同表の順号2記載のとおりの更正を経た後、同表の順号3記載のとおり、同税務署長に対し更正の請求(以下「五七年分更正の請求」といい、五六年分更正の請求と併せて「本件各更正の請求」という。)をしたところ、その後原告の住所地の移転に伴い所管税務署長となった神田税務署長は、同表の順号4記載のとおり更正の請求に対する更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「五七年分処分」といい、五六年分処分と併せて「本件各処分」という。)をした。五七年分処分に対し、原告がした異議申立て及び審査請求並びにこれに対する異議決定及び裁決の経緯は、同表の順号5ないし8記載のとおりである。

2 五六年分更正の請求の適法性

五六年分更正の請求は、国税通則法二三条一項所定の期間経過後にされたものであるが、以下のとおり、適法であると解すべきである。

(一)  下谷税務署係官は、昭和五七年三月二九日、原告に対する酒税法違反嫌疑事件の証拠資料として、原告の五六年分申告に係る確定申告書の控を含む関係書類を領置し、同年七月八日、東京国税局係官は、東京簡易裁判所裁判官の発付した差押許可状に基づき右書類を差し押さえ、その後、昭和五八年一〇月上旬に右確定申告書の控等の写しを原告に交付したものの、昭和六三年五月まで右書類を原告に還付しなかつた。

(二)  更正の請求は、その請求に係る更正前の課税標準等または税額等及び当該更正後の課税標準等又は税額等を記載した更正請求書を税務署長に提出して行うものとされている(国税通則法二三条三項)ところ、右の更正前の課税標準等又は税額等は確定申告書に記載された金額であり、また、更正後の課税標準等又は税額等は確定申告書に記載された金額から更正の請求に係る減額分を差し引いた金額であるから、いずれも確定申告書の記載に基づいて更正請求書に記載されるものであり、したがつて、確定申告書の控が手元にない場合には、更正請求書を作成することは不可能である。しかるに、(一)のとおり、原告の五六年分申告に係る確定申告書の控が押収されたまま、五六年分申告に係る国税通則法二三条一項所定の期間が経過したために、原告は、右期間内に更正の請求をすることができず、昭和五八年一〇月右確定申告書の控の写しの交付を受けて、ようやく更正請求書の作成が可能となり、同月二四日に五六年分更正の請求をしたものである。

(三)  国税通則法二三条二項三号、同法施行令六条一項三号によれば、確定申告の際に、帳簿書類等が押収されていたなどの事情があって、課税標準等又は税額等の計算をその基礎となるべき帳簿書類等に基づいてすることができなかった場合には、右押収等の事情が消滅した日の翌日から起算して二月以内は更正の請求をすることができるとされているところ、(一)、(二)の事情によって、同法二三条一項所定の期間内に更正の請求ができなかった場合も右の場合に準ずるものであるから、同法二三条二項三号に基づく同法施行令六条一項三号の準用により、原告が確定申告書の控の写しの交付を受けた日の翌日から起算して二月以内にされた五六年分更正の請求は適法であると解すべきである。

3 過大申告

五六年分申告において原告の所得とした事業所得の金額一六二二万〇一一六円のうち一六四万五八五五円を超える部分及び五七年分申告において原告の所得とした事業所得の金額二四五二万二三六九円は、次のとおりいずれも東菱酒造株式会社(以下「東菱酒造」という。)に帰属する所得であって、原告に帰属する所得ではないから、本件各申告により納付すべき税額(ただし、五七年分所得税については、別表二の順号2記載の更正により一部取り消された後のものを指す。以下同じ。)は過大である。

(一)  東菱酒造は、福島県東白川郡棚倉町を本店の所在地とし、所轄税務署長から同町の製造場における清酒及び焼酎乙類の製造免許を受けて、酒類製造業を営んでおり、昭和五六年当時、原告がその実質的な経営者であった。他方、原告は、古滝商店という屋号で、同郡矢祭町の販売場における全酒類の販売業免許を所轄税務署長から受けていた。

(二)  東菱酒造は、全国各地で全酒類の販売を行うことを計画し、昭和五六年夏以降、これを実行に移したが、その際、東菱酒造が製造免許を受けた種類以外の種類の酒類(以下、東菱酒造が製造免許を受けた種類の酒類を「自製酒」といい、それ以外の種類の酒類を「他製酒」という。)については、酒税法上、東菱酒造の名義で販売することができないため、便宜、全酒類の販売業免許を有する原告(古滝商店)の名義を借り、自製酒については東菱酒造の名義で、他製酒については、古滝商店の名義で販売することとした。

(三)  そして、東菱酒造は、他製酒については原告(古滝商店)の名義を用いて、昭和五六年には、別表三の各販売場で全酒類販売営業を行って同表記載のとおりの売上収入を取得し、また、昭和五七年には、別表四の一の各販売場で全酒類販売営業を行って同表記載のとおりの売上収入を得たほか、同年には、原告( 古滝商店)名義による消費者に対する全酒類の直接販売、通信販売及びその他の方法の販売をも行って別 表四の二記載のとおりの売上収入を取得した。

右の全酒類販売営業に係る行為はすべて東菱酒造の計算によるものであつて、その収益は東菱酒造が享受し、また、その費用も東菱酒造が負担したものである。原告(古滝商店)自身は、昭和五六年九月までは東菱酒造の右全酒類販売営業とは別に自己の行為及び計算による酒類販売営業を行つていたが、同年一〇月以降はこれを中止し、酒類販売業の実体を失つて、東菱酒造による右全酒類販売の一販売場(流店)となるに至った。

(四)(1)  原告が五六年分申告において原告の所得とした事業所得の金額一六二二万〇一一六円の収支明細は別表五の一記載のとおりであるが、同表の売上額のうち、他製酒売上額五二〇六万六二〇五円及び流店分自製酒売上額一三八六万五四一六円は、東菱酒造の右全酒類販売営業に係る売上金額であつて、(なお、古滝店分自製酒売上額は、(二)のとおり、東菱酒造の名義で販売した自製酒の売上げに係るものであるが、古滝店(古滝商店)で売り上げたものであったために、誤つて、古滝商店名義の売上額に合算されたものである。)、これに係る所得は、東菱酒造に帰属するものであり、東菱酒造がその法人税の確定申告に計上している。同表の売上金額のうち、原告自身の営業によるものは、古滝商店1月ないし9月分売上合計額三〇〇三万二六二一円のみであり、これに係る所得金額は、別表五の二記載の収支明細のとおり、一六四万五八五五円である。

(2) 原告が五七年分申告において原告の所得とした事業所得の金額二四五二万二三六九円の収支明細は、別表六記載のとおりであるが、同表の売上額は、いずれも東菱酒造の右全酒類販売営業に係る売上金額であつて、これに係る所得は全部東菱酒造に帰属するものであり、東菱酒造がその法人税の確定申告に計上している。したがつて、同年中に原告に帰属する事実所得の金額は存在しない。

(五)  以上のとおりであるから、本件各更正の請求に対し、更正をすべき理由がないとした本件各処分は違法である。

4 原告は、本訴提起後に東京都新宿区四谷四丁目三〇番地二三ビルド吉田五〇二号に住所を移転したので、本件各処分に係る事務に属する権限は所轄税務署長である被告が神田税務署長から継承した。

5 よつて、原告は、本件各処分の取消しを求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1は認める。

2(一)  同2の柱書きのうち、五六年分更正の請求が国税通則法二三条一項所定の期間経過後にされたものであることは認め、その余は争う。

(二)  同(一)のうち、東京国税局係官が主張の書類を原告に還付した時期については否認し、その余は認める。右還付がされたのは、昭和六三年三月一一日である。

(三)  同(二)及び(三)は争う。

3(一)  同3の柱書は争う。

(二)  同(一)は認める。

(三)  同(二)は否認する。

(四)  同(三)のうち、昭和五六年に別表三の各販売場で、また昭和五七年には別表四の一各販売場で、全酒類販売営業が行われたこと、昭和五七年には消費者に対する全酒類の直接販売、通信販売及びその他の方法による販売も行われたことは認め、その余は否認する。右全酒類販売営業は、いずれも原告(古滝商店)により、その名義で行われたものである。

(五)(1)  同(四)の(1)のうち、原告が五六年分申告において原告の所得とした事業所得の金額が一六二二万〇一一六円であること、古滝商店一月ないし九月分売上合計額三〇〇万二六二一円に係る所得が、原告自身の営業によるものであることは認め、その余りは否認する。

(2) 同(2)のうち、原告が五七年分申告において原告の所得とした事業所得の金額が二四五二万二三六九円であることは認め、その余は否認する。

(六)  同(五)は争う。

4  同4は認める。

5  同5は争う。

三  被告の主張

1  五六年分更正の請求について

(一) 原告は、五六年分更正の請求が国税通則法二三条一項所定の期間経過後にされたことにつき、原告の五六年分申告に係る確定申告書の控を含む関係書類が押収されていて、更正前の課税標準等又は税額等及び更正後の課税標準等又は税額等を記載すべき更正請求書の作成が不可能であったという事由があり、右事由は、国税通則法二三条二項三号に基づく同法施行令六条1項三号所定の場合に準ずるものであるから、五六年分更正の請求は適法である旨主張する。

ところで、所得税の納税申告書を提出した者は、国税通則法二三条一項により、同項各号に該当する場合においては、法定申告期限から一年以内に限り更正の請求することが認められているが、右のように同項の更正の請求の時期に制限が設けられているのは、申告内容の適正化、法律関係の早期安定、税務行政の能率的運用等の要請を満たすためであるとともに、同項各号に規定する更正の請求の原因となつた誤りが申告書提出時において既に内在しており、納税者が十分注意し、努力すれば、その誤りが発見できたはずのものである。これに対し、同法二三条二項各号に該当する場合(同項三号に基づく同法施行令六条一項各号に該当する場合を含む。)は、後発的事由により当初の課税が実体的に不当となつたときなど、納税者に前記の期間内に適切な権利主張をすることを期待できない場合に当たるので、法定申告期限から一年を経過した後であつても、更正の請求を認め、納税者の権利救済を図ることとしたものである。

しかして、原告は、五六年分更正の請求の理由について、原告が五六年分申告において原告の所得とした事業所得に係る酒類の売上げは原告から名義貸しを受けた東菱酒造の酒類販売営業に係る売上げであつて、右所得は東菱酒造に帰属し、原告に帰属するものではないと主張するが、更正の請求の理由が右のとおりであるとすれば、帳簿書類について検討を加え、税額を算定するまでもなく、単に確定申告書の写しさえあれば、更正請求書に記載すべき課税標準等又は税額等を容易に確認し得るものであるところ、確定申告書の控が押収されていたとしても、押収された帳簿書類の写しは随時これを入手することができるものであり(現に、原告は、確定申告書の写しを東京国税局において入手している。)したがつて、国税通則法二三条一項所定の期間内に更正請求書を提出することは十分可能だつたはずである。

しかるに、原告は確定申告書の控の写しを入手することを怠り、昭和五六年分所得税についての更正の請求に係る同項所定の提出期限(昭和五八年三月一五日)から四か月余を経過した昭和五八年八月一日に至って、ようやくその還付を押収者に請求して、写しを入手したものであるから、五六年分更正の請求が同項所定の期間経過後にされたのは、同法二三条二項三号に基づく同法施行令六条一項三号のやむを得ない事情によるものでないことはもとより、同号所定の場合に準ずるものでないというべきである。

したがって、五六年分更正の請求は不適法である。

(二) 仮に、五六年分更正の請求が適法にされたものであるとしても、原告の主張する全酒類販売営業に係る売上げは、後記2の五七年分同様、原告個人に帰属するものであるから、右更正の請求は理由がなく、五六年分処分は適法である。

2  五七年分更正の請求について

(一) 原告が東菱酒造によつて昭和五七年に行われたと主張する全酒類販売営業は、別表四の一の各販売場において、主としてボトルカード方式と称する形態によつて行われるものである。ボトルカード方式とは、概ね、名宛人として原告個人の、特約店(発行者)として角田酒販株式会社(以下「角田酒販」という。)の表示があり、販売する酒類の銘柄、等級、数量を記載したボトルカード式(申込書)を顧客に販売し、顧客はこれを販売場の付近に停車している専用配送車に持参して、又は、顧客の住所に配達を受けて、酒類と引き換える販売形態であつた。

(二) 右全酒類販売営業の主体が、東菱酒造ではなく、原告であることは、以下の事実によって明らかである。

(1) ボトルカードの名宛人として原告個人が表示されていたほか、右全酒類販売営業は、東菱酒造が販売し得ない他製酒についても行われており、また、取引先及び取引金融期間は原告と東菱酒造とが明確に区分され、右全酒類販売営業に係る売上金は原告(古滝商店)名義の銀行口座に振り込まれていた。

(2) ボトルカード方式による酒類販売は、原告が立案して実行に移したものであり、酒類販売による売上げは、角田酒販から原告に渡されて原告の収入となり、また、ボトルカードや広告用チラシの印刷は原告自身が発注し、販売場の賃借料等の費用は原告が負担していた。また、柏の販売場における酒類販売に関する調査によつて、右販売場の開設から酒類販売に至るまでの一切を原告が指揮監督し、同販売場において差し押さえられた酒類は原告の所有に係るものであることが判明した。

(3) 右全酒類販売営業には酒税法違反の嫌疑があったため、各販売場の所在地を所管する各税務署税官吏大蔵事務官が酒類等の差押えを行ったところ、これに対して、原告自身が、右差押えにより自己が被つた損害の賠償を求める趣旨の損害賠償請求訴訟(福島地方裁判所白河支部昭和五六年(ワ)第一五七号)を提起した上、右訴訟において、右全酒類販売営業を行ったのは原告であり、角田酒販はボトルカードを販売して代金を受領するがその販売手数料を除いた残額を原告に酒類代金として支払うものである旨の釈明及び主張をした。また。七件の差押処分無効確認等請求訴訟(東京都地方裁判所昭和五七年(行ウ)第六五号、千葉地方裁判所昭和五七年(行ウ)第一二号、横浜地方裁判所昭和五七年(行ウ)第一一号、福島地方裁判所昭和五七年(行ウ)第一号、浦和地方裁判所昭和五七年(行ウ)第五号、水戸地方裁判所昭和五七年(行ウ)第六号、静岡地方裁判所昭和五七年(行ウ)第六号)を提起したが、そのいずれにおいても右全酒類販売が原告以外の者によって行われていたとの主張はなく、原告自身が右全酒類販売営業及びこれに係る利益帰属の主体であることを当然の前提としていた。

四  被告の主張に対する原告の認否

1(一)  被告の主張1の(一)は争う。

国税通則法施行令六条一項三号の「当該事情が消滅したこと」とは、「帳簿書類の押収その他やむを得ない事情」が消滅したこと、すなわち、帳簿書類を見ることができる状態となつたことを意味することは明らかであるところ、右のような状態になったとは、具体的には、押収されていた帳簿書類が還付された場合はもとより、その写しを入手した場合も含むと解されるがそのような状態にない場合において、自ら積極的に押収された帳簿書類その写しを入手する手段を講じて課税標準等又は税額等の計算をすることまでは要求されていないものと解するべきである。したがつて、原告が、五六年分申告に係る確定申告書の控の写しを入手する時期が遅れたとしても、同号の準用による五六年分更正の請求の適法性が左右されるものではない。

(二)  同(二)は争う。

2(一)  同2の(一)のうち、ボトルカード方式による全酒類販売が、郡山、草加、柏(大坪)の各販売場及び開設初期の水戸の販売場において行われたことは認めるが、その余の販売場で行われたことは否認する。

郡山、草加、柏(大坪)の各販売場及び開設初期の水戸の販売場以外の販売場における全酒類販売は、いずれも各販売場となった店舗の酒類販売業免許を利用して行ったものである。

(二)(1)  同(二)の(1)のうち、ボトルカードの名宛人として原告個人が表示されていたこと、全酒類販売営業が東菱酒造の販売し得ない他製酒についても行われたこと、全酒類販売営業に係る売上金は原告(古滝商店)名義の銀行口座に振り込まれていたことは認める。右各事実は、東菱酒造が原告(古滝商店)の名義を借りたことに伴うものである。その余は否認する。

(2) 同(2)のうち、原告がボトルカード方式による酒類販売を立案して実行に移したこと、ボトルカードや広告用チラシの印刷は原告自身が発注したこと、原告が柏の販売場の開設から酒類販売に至るまでの一切を指揮監督したことは認める。右各事実は、東菱酒造による全酒類販売営業を企画し、主導したのがその実質的な経営者であった原告であることを示す以上のものではない。その余は否認する。

(3) 同(3)のうち、原告が被告主張の損害賠償請求訴訟を提起し、右訴訟において被告主張の釈明及び主張をしたこと、原告が当事者として被告主張の七件の差押処分無効確認等請求訴訟を提起したが、そのいずれにおいても全酒類販売営業が原告以外の者によるとの主張はなく、原告自身が全酒類販売営業及びこれに係る利益帰属の主体であることを前提としていたことは認める。右各事実は、原告の名義を使用したことに伴い、形式上原告を訴訟当事者としたことによるものであつて、右全酒類販売営業の実態について言及したものではない。

第三証拠関係

本件訴訟記録中の証書目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1及び4の各事実は当事者間に争いがない。

二  五六年分処分について

1  五六年分更正の請求がされたのが昭和五八年一〇月二四日であることは一のとおりであるところ、国税通則法二条七号、所得税法一二〇条一項(昭和六三年法第一〇九号による改正前のもの)によれば、原告の昭和五六年分所得税に係る国税通則法二三条一項の「国税の法定申告期限」は昭和五七年三月一五日であるから、同日から一年を経過した後にされた五六年分更正の請求は、同項に基づくものとしては、不適法であることが明らかである。

2  五六年分申告に係る確定申告書の控が、関係書類とともに、昭和五七年三月二九日に下谷税務署係官により領置され、さらに、同年七月八日に東京国税局係官によつて差し押さえられたこと及び昭和五八年一〇月上旬に原告が東京国税局係官から右確定申告書の控の写しの交付を受けたことは当事者間に争いがないところ、原告は、更正の請求に係る更正請求書には、その請求に係る更正前及び更正後の課税標準等又は税額等を記載する必要があり、右更正前の課税標準等又は税額等は確定申告書に記載された金額、更正後の課税標準等又は税額等は確定申告書に記載された金額から更正に係る減額分を差し引いた金額であるから、右確定申告書の控の写しの交付を受けるまで、五六年分更正の請求に係る更正請求書を作成することは不可能であつたという事由があり、右の事由は、国税通則法二三条二項三号に基づく同法施行令六条一項三号に所定の場合に準ずるから、右確定申告書の控の写しの交付を受けた日から二月以内にされた五六年分更正の請求は、同法二三条二項三号に基づく同法施行令六条一項三号の準用により適法である旨主張する。

ところで、同法二三条二項三号、同法施行令六条一項三号は納税申告書を提出した者又は同法二五条の決定を受けた者が、帳簿書類の押収の事情により、課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき帳簿書類等の記録に基づいて課税標準等又は税額等を計算することができなかった場合において、その後(ただし、納税申告書を提出した者については、同法二三条一項所定の期間経過後に限る。なお、右の者による右期間経過以前の更正の請求は、同項によりすることができる。)、帳簿書類の押収等の事情が消滅したときは、同項の規定にかかわらず、右事情消滅の時から二月以内に更正の請求をすることができると規定しているのであつて、右規定は、納税申告書を提出した者については、その提出前に帳簿書類の押収等の事情が生じていたことを前提としており、その後(同法二三条一項所定の期間経過後)、押収されていた帳簿書類の還付等により右事情が消滅して、帳簿書類等に基づいて課税標準等又は税額等を計算することによつて、帳簿書類に基づく計算をすることができなかった当初の申告に係る納付すべき税額が過大であつたこと等が初めて判明した場合に、帳簿書類等に基づいて計算した課税標準等又は税額等に従つた更正の請求をすることを認めたものであるということができる。換言すれば、右規定は、納税申告書を提出した者については、帳簿書類の還付等といつた帳簿書類の押収等の事情を消滅させる事由により右の者に戻つた帳簿書類等が、当該更正の請求に係る更正後の課税標準等又は税額等の計算の基礎を、当初の申告の際以降において初めて提供すべき事由に当たる場合の規定であり、当初の申告に係る課税標準等又は税額等はいわば所与のものであつて、それが判明しないなどということは考慮の外に置いているということができるのである。そして、当初の申告に係る課税標準等又は税額等そのものは比較的単純なものであつて、手元にそれを知るに足りる資料がなくても、例えば所管の税務署に問い合わせるなどして容易に知り得るものであることからすれば、右のことは、当然のことと考えられる。

しかるところ、原告の主張するところは、五六年分申告に係る確定申告書の控えが押収され、そこに記載された課税標準等又は税額等を知り得なかったところ、その写しを入手することによりその障害が消滅したとして、それをもつて同法二三条二項三号に基づく同法施行令六条一項三号を準用すべきであるというのであるが、原告主張の場合は、そもそも右押収が右申告の後にされていることからも、また、確定申告書の控えの押収による障害が、当該更正の請求に係る更正後の課税標準等又は税額等の計算の基礎にあるのではなく、右申告に係る課税標準等又は税額等そのものにあることからも、同号の予定するところとは著しく異なるものであつて、原告の主張は到底採用できない(なお、原告は、右確定申告書が押収により手元にないためその申告に係る課税標準等または税額等を知り得なかったし、その場合に原告が積極的にこれを知り得る手段を講ずべき義務はないとの趣旨の主張をするが、右の課税標準等又は税額等は自らがした確定申告の結論に当たるものであるから、確定申告の控えが押収されていても、通常は自己の所持する他の資料によつてこれを知り得ると考えられるし、また、押収した係官から押収中の確定申告書の控えの写しを入手することに支障があるとは考えられないほか、先に述べたように、所管の税務署に問い合わせるなどしていつでも容易にこれを知り得るのであり、したがつて、仮に原告が右の課税標準等又は税額等を知り得なかつたとしても、その知り得なかつた不利益を原告に負わせることに何ら不当なことはないから、原告の右主張は採用の限りではない。)。

3  そうすると、五六年分更正の請求は、国税通則法二三条二項に基づく同法施行令六条一項三号の準用により適法であるということはできず、また、同法二三条一項に基づくものとしても不適法であることは1のとおりであるから、その余の点につき判断するまでもなく、五六年分処分は適法である。

三  五七年分処分について

1  請求の原因3の(一)の事実、並びに、同(三)のうち、昭和五七年に、全酒類販売営業が、別紙四の一の各販売場で、少なくとも他製酒については原告(古滝商店)名義を使用して行われたほか、原告(古滝商店)名義による消費者に対する直接販売、通信販売及びその他の方法による販売の形態で行われたことは当事者間に争いがない。

2  原告は、右全酒類販売営業は、全国各地で全酒類の販売を行うことを計画した東菱酒造が酒税法上、その名義で行うことができない他製酒の販売につき、全酒類の販売免許を有する原告(古滝商店)の名義を借りて行ったものであり、右全酒類販売営業に係る行為はすべて東菱酒造の計画によるもので、その収益は東菱酒造が享受し、また、その費用も東菱酒造が負担したものであって、東菱酒造がその所得として法人の確定申告中に計上しており、原告(古滝商店)自身は、昭和五六年一〇月以降、酒類販売業の実体を失って、東菱酒造による右全酒類販売営業の一販売場(流店)となるに至った旨主張し、右主張を前提として、原告が五七年分申告において原告の所得とした事業所得の金額二四五二万二三六九円につき、その収支明細が別表六記載のとおりであり、その売上額は、いずれも東菱酒造の右全酒類販売営業に係る売上金額であつて、これに係る所得は全部東菱酒造に帰属するものである旨主張する。

しかして、成立に争いのない甲第一三、第一四号証、弁論の全趣旨により成立の真正を認め得る甲第一号証の各供述記載中には、〈1〉右全酒類販売営業を企画実行したたのは東菱酒造であるが、自製酒の外に需要が多いビール及びウイスキー等を販売するためには全酒類の販売免許を有する原告(古滝商店)の名義を利用した、〈2〉右全酒類販売営業には東菱酒造の従業員が従事し、売上金の集金のため古滝商店名義で開設した銀行口座等も東菱酒造において管理していた、〈3〉右営業に係る売上金は東菱酒造が受領し、仕入代金並びに人件費、運送費、販売場の取得費及びボトルカードや広告用チラシの印刷費等の販売費用はすべて東菱酒造において支出した、〈4〉他製酒の売上金及び仕入代金並びに各販売場の取得費は、いずれも東菱酒造において、売上金は仮受金とし、仕入金及び販売取得費は仮払金として一旦処理した上、期末にそれぞれ東菱酒造の売上金、課納税酒仕入及び開発費用に振り替える処理をし、また、人件費その他の販売費用は東菱酒造の他の営業分と区分しないで直接東菱酒造の経費として処理した、〈5〉右の経理処理の結果、右全酒類販売営業に係るすべての売上げ、仕入、経費は東菱酒造の法人税の確定申告中に計上されていた等の、右の原告の前提主張を沿う部分が存在する。

3  しかしながら、そもそも、右1の、当事者間に争いがない、他製酒を含む全酒類販売営業の相当部分につきそれが原告(古滝商店)名義で行われたという事実自体、右営業が原告によって行われ、これに係る所得が原告に帰属することを一応推認させるものというべきである上に、〈1〉ボトルカード方式による酒類販売が、少なくとも郡山、草加、柏(大坪)の各販売場及び開設初期の水戸の販売場において行われたところ(なお、被告の主張2の(一)のうち、ボトルカード方式の販売形態については、原告において明らかに争わないものと認め、これを自白したものとみなす。)、ボトルカード方式による酒類販売を立案して実行に移したのは原告であり、ボトルカードの名宛人として原告個人が表示され、またボトルカードや広告用チラシの印刷は原告自身が発注したものであること、〈2〉原告が柏の販売場の開設から酒類販売に至るまでの一切を指揮監督したこと、〈3〉被告の主張2の(二)の(3)の損害賠償請求訴訟を原告が提起し、右訴訟において、全酒類販売営業をしたのは原告であり、ボトルカードの発行者である角田酒販はボトルカードを販売して代金を受領するが、その販売手数料を除いた残額を原告に酒類代金として支払うものである旨の釈明及び主張をしたこと、〈4〉被告の主張2の(二)の(3)の七件の差押処分無効確認等請求訴訟を原告が提起し、そのいずれにおいても、原告自身が全酒類販売営業及びこれに係る利益帰属の主体であることを前提としていたことは当事者間に争いがなく、また、原本の存在及びその成立に争いのない乙第六ないし第八、第一六、第一七号証並びに弁論の全趣旨によれば、原告に対する酒税違反嫌疑事件の調査において、原告又は東菱酒造代表取締役の古市善信が、東京国税局、関東信越国税局及び仙台国税局の各収税官吏大蔵事務官の質問に対し、〈1〉昭和五六年の柏市、水戸市、郡山市及び白河市において差し押さえられたボトルカード方式による販売予定の酒類の所有者は原告であり、右販売のための販売場の賃借料及び広告宣伝用チラシの折込費用は原告が支払った、〈2〉ボトルカードの売上金は、原告と仕入代金の立替処理をしている東菱酒造との間で清算して、原告に帰属すべき額が確定する、〈3〉東菱酒造は、原告との関係から東菱酒造の従業員を派遣して手伝わせているが、酒類販売を行っているのは原告である等の、2の後段の供述記載部分とは符号しない答えをしていることが認められるころ、右争いのない事実及び認定事実に照らして、また、右供述記載部分に係る各事実を裏付けるに足る的確な資料が提出されていないことに鑑みて、右供述記述部分を直ちに措信することはできず、他に2の前段の原告主張事実を認めるに足る証拠はない。

4  そうすると、右全酒類販売経営に係る所得が原告ではなく東菱酒造に帰属することを前提とした五七年分更正の請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がないから、五七年分処分も適法である。

四  よつて、原告の本訴請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鈴木康之 裁判官 石原直樹 裁判官 青野洋士)

(別表一)

昭和56年分通知処分等の経緯

〈省略〉

(別表二)

昭和57年分通知処分等の経緯

〈省略〉

(注) 納付すべき税額欄の△は納付金額を表す。

(別表三)

昭和56年分売上明細

〈省略〉

(別表四の一)

昭和57年分売上明細(高利分)

〈省略〉

(別表四の二)

昭和57年分売上明細(その他)

〈省略〉

(別表五の一)

56年分申告所得収支明細

〈省略〉

(別表五の二)

56年分所得収支明細

〈省略〉

(別表六)

57年分申告所得収支明細

〈省略〉

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